答:講師が受講者に対して行う質問は,実務上で発生する課題解決の訓練になっているから。
ここ数年,新人研修の講義中に,こういう経験をするようになった。
授業中:
講師「疑問点を洗い出して質問をしてください」
受講者「質問の仕方がわからないので質問できません」
アンケートコメント:
受講者「授業中に質問をしないで欲しい。私はノートをとったり考えたりしているので邪魔になる。質問に答えられない人がいると講義進行が乱れる。」
受講者「指名するのではなく『答えられる人はいますか』という問いかけにしてほしい。指名されるのではないかと思うと緊張してしまう」
彼らには質問に答えるという経験の価値が理解できないのだろう。正直,「大学卒業まで何やってたの?まじで一度も質問せずにノートだけとってたの?」という気もするのだが,確かに実務経験ゼロの受講者には質疑応答の価値が理解できないかもしれない。
システム開発の実務は「課題解決」である。
課題解決なので,問題を発見し,課題と解決策を提示し,解決策を実行し,結果を検証するのが仕事だ。この過程においては,顧客その他のステークホルダーからの「ここのとこ,どうなってるの?」と言った相談・質問が出てくる。自分自身でも設計実装時に「この仕様だと実装できないんじゃないか?」という疑問が出る。
こういった疑問・質問を作り出し,解決していくのが技術者の仕事だ。
講義中の質問は全て,この課題解決の訓練なのだ。
「なぜ,制御構文をこの順に組み合わせるのか?」
「なぜ,このクラス構成にするのか?」
こういった疑問を自問自答せずに,ただキーボードを叩けばコードがでてくる,はずがない。
疑問,質問が出せなければ,実務では仕事を失う。
顧客はお金を払っているので,「自分が気になる事が解決すれば,契約を終了する」のだ。だが,顧客が困っていることだけが,技術的に解決するべきことではない。技術者として検討したことは言っておかなければ,後になって「なんであの時言ってくれなかったんだ。インシデントの責任の一端は技術者にもある」ということになる。法的には問えない場合であっても,以降の取引は中止される。検討を突き詰めない技術者は信頼されない。
質問できない,質問に回答できない技術者は,どんなに「自分はやってます」と主張しても仕事はない,というのが私の実務経験からの正直な感想だ。
それが分かっていても「質問しないでください」というのであれば,それはその受講者の生き方として尊重する。
教育の質の低下圧力(基礎知識を丁寧にやさしく,ばかり強調して強化訓練がおろそかになる)に対して有効な理論構成ができていない教育側にも問題はあると思う。質問されたくない,という圧力に屈して,答えても答えなくても良い問いかけを漠然と空中に投げる,などと言うのはもはや講師の独り言でしかない。
「丁寧にやさしく」ばかり強調されると,「教えにくい,難易度の高いトピックは排除され,教えやすい,素人でもできた感のあるトピック」ばかりになってしまう。答えの分かっている(と思っている)トピックしか出てこない。
だからといって,根性論で訓練しても効果はしれている。
教育側としては,教育法に対して合理的な説明を行うことが必要だと思う。